【ジョージ・ハリスン「僕のギターはそっと泣いている」】

愛知県、岐阜県美濃地方、三重県北勢地方で主に活動をしています、定着率カイゼン講師(特定社会保険労務士、行政書士)、承認ファシリテーターの岡戸久敏です。(名古屋・西三河・知多の特定社会保険労務士 – おかど社会保険労務士事務所 (https://sr-hokado.jp))
最近、クルマの中や自宅での休憩時間に、
ビートルズを聴くことが多いです。
ジョン・レノン (John Lennon) 、
ジョージ・ハリスン (George Harrison)
の二人は既に亡く。
そのビートルズに、The BEATLES(ホワイト・アルバム)という2枚組のCD(当時はLP)があります。
このCDの1枚目7曲目に、
「While My Guitar Gently Weeps」という、
ジョージ・ハリスンの名曲があります。
この曲を聴いていると、いろいろなことが思い浮かんできて、ウルウルしてしまいます。
この曲は、これまで、ジョン・レノン と
ポール・マッカートニー (Paul McCartney) の影に甘んじていた、
ジョージ・ハリスンが満を持して作った名曲です。
この曲では、”泣きのギター”がとても良いのですが、この音をジョージ・ハリスンがどうして出すことができず。
彼の親友に頼みました。
この親友とは、誰なんでしょう?
何と、あのEric Clapton(エリック・クラプトン)です。
エリック・クラプトンは、一発で泣きのギターの音を出しました。
私達は、「While My Guitar Gently Weeps」を、エリック・クラプトンのギターで聴いているのです。
ビートルズの曲では、数少ない外部ミュージシャンです。
ジョージ・ハリスンは、この曲をシングルのA面として発売するようメンバーに求めましたが、結局、ポール・マッカートニーの「Ob-La-Di,Ob-La-Da」がA面になったという逸話もあります。
当時のビートルズは、「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」を実質的に仕切った、
ポール・マッカートニーの発言力が大きくなっていました。残念。
さて、その後、エリック・クラプトンは、
ジョージ・ハリスンの妻、パティ・ボイドに恋をしてしまい、「Layla」という名曲を捧げています。
こんなことがあっても、ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンの友情は続き、
戦争や自然災害で苦しむバングラデシュの人々を支援するために、
ジョージ・ハリスンが企画した「バングラデシュ・コンサート(The Concert for Bangladesh)」では、
ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンが、横に並んで仲良く、
「While My Guitar Gently Weeps」を演奏しています。
ジョージ・ハリスンは、2001年に亡くなりましたが、
エリック・クラプトンは追悼コンサート「Concert for George」を開催して、
ジョージ・ハリスンを見送りました。
二人は一時的に、個人的な問題がありましたが、生涯を通じて親友であり続けました。
こんなことを思い出します。

