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愛知県労働協会主催のセミナー「判断が難しいパワハラ事案の対応実務」を受講しました。

2023/07/13

 愛知県知多地域、西三河碧海地域、名古屋市南部地域を営業区域としています、

特定社会保険労務士の岡戸久敏と申します。

 令和5年7月10日(月)、愛知県労働協会が主催するセミナー「判断が難しいパワハラ事案の対応実務」をZoomで受講しました。

 講師は、杜若経営法律事務所所属の 岸田鑑彦 弁護士でした。

 パワハラ事案には、次のような対応に困る事案が多々あります。

 これらの対応に困る事案に対して、実務上どのように対応していけばよいのか、詳細な説明がありました。

   1 なんでもパワハラだと主張するが、実際にはパワハラではない。

      (明らかにパワハラではない。)

   2 客観的な証拠があり、明らかにパワハラなのに加害者が認めない。

   3 望ましくない行為があったが、パワハラとまではいえない。

   4 やったことは限りなくパワハラだが、被害者の態度にも問題がある。

   5 状況的にはパワハラがあった可能性が高いが、直接の証拠がない。

(参考)事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)(パワハラ指針 (①パワハラ防止指針 (mhlw.go.jp)))

    職場におけるパワーハラスメント対策(000611025.pdf (mhlw.go.jp)

1 明らかにパワハラではないが、パワハラだと言い張る。

 ○ 対応策

  ・パワハラ指針では「相談窓口においては、被害を受けた労働者が委縮するなどして相談を躊躇する例もあることなども踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮します。そして、職場におけるパワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、その発生の恐れがある場合や、職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行う。」こととされています。

  ・相談窓口は、パワハラに該当するかどうかを判断するところではありません。話を聞いて、後日、事実を確認のうえ対応するということを心がけます。門前払いすることなく、相談者の話を聞くことが大切です。余計なコメントをしてはいけません。

2 パワハラ認定できなかったが、上司に一部不適切な言動があった場合

 ○ 厳しい指導

  ・上司の指導が厳しく、パワハラであると主張されることがあります。

  ・パワハラか否かは、「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されること」という観点から判断します。

  ・パワハラに該当する「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らして、当該言動が明らかに業務上必要ない、又はその態様が相当ではないものを指します。パワハラ指針では、当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該行動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・制属性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮して判断します。

  ・上司の指導が、その指導を受けた本人の感じ方として、「傷ついた」のは事実かもしれない。だからと言って、必ずしも、すべてがパワハラになるというわけではありません。

   就業環境が害されたかどうかは、「平均的な労働者の感じ方」を基準としています。「平均的な労働者の感じ方」とは、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であったかという観点で判断をします。

ですから、本人がパワハラだと思えば、直ちにパワハラになるわけではありません。

  ・個別事案においてパワハラに該当するかは、個々の事情を聞いて判断していきます。

  ・ただ、相手が嫌がるような言動は避けるように、当該上司へは指導をすべきです。

 ○ 一部不適切な発言があったとき

  ・「何やってんだよ。バカ!」などの発言が1回でもあると、パワハラに該当しますか。

  ・どのような状況下での発言なのか、被害者の落ち度はあるのか、すぐに謝罪をしたのか、1回きりなのか、普段からそのような発言をしているのかなどを総合的に検討します。そして、平均的な労働者の感じ方を基準にして、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかという観点で判断します。

  ・指導を受けた者がふてくされて、全く反省をしていないような場合や、生じると考えられる結果の重大性(死傷の可能性)を含めて判断したときには、パワハラとまで判断できるかは、何とも言えない。

  ・ただ、「バカ!」という発言は、パワハラ的な言動といえるため、このような発言をしてしまったときは、上司はすぐに謝った方がよい。

 ○ パワハラ事案の謝罪の仕方

  ・上司が「ぜひ謝りたい」という場合でない限り、謝罪をきっかけに新たなトラブルになることがあります。何(どのような事実)に対して謝罪するのかを明確にします。

   ① パワハラを認めて謝罪

      例1:AがBに対して、○○や△△といったパワハラを行ったことについて、深く謝罪します。

   ② 具体的な行為について謝罪(パワハラとは認定できないとき)

      例2:AがBに対して、○○と発言したことに対して深く謝罪します。  

   ③ 不快な思いをさせたことに対して謝罪

      例3:Aの言動により、Bに不快な思いをさせたことに対して、謝罪します。

   ④ 紛争に至ったことについて謝罪

      例4:Aの言動により、本件紛争に至ってしまったことについて、遺憾の意を表します。

3 直接の証拠がない場合のパワハラ認定

 ○ 事実認定の重要性

  ・労務トラブルのほとんどは、事実認定でほぼ勝負が決まります。

   ここでいう勝負とは、判決での勝ち負けだけを指しているわけではありません。従業員が、第三者(弁護士や外部労働組合)に相談しても、会社が正しく対応していれば、「争ったとしても会社にも言い分があるから、会社はすぐに和解しない。解決には時間がかかるだろう。」とか、「そもそも勝てるかどうかわからない。」という考えになって、紛争を未然に回避することができます。

  ・事実認定は、ハラスメントの認定において重要な行為となります。

 ○ 事実認定の難しさ

  ・被害者、加害者、双方の言っていることが信用できないことがよくあります。

    (主張に主観が入ってしまう。)

  ・警察ではないので、調査には限界があります。

  ・判断する時点や、そのときの判断材料によって結論が変わることがあります。

  ・事実認定には、評価を伴います。その評価自体が状況によって変わります。

  ・完璧な事実認定ができないという前提で、正しい事実認定をするためにどのような努力をしたのか、どのように証拠(具体的な証拠。5W1H。)を集め、どう判断したのかなど、今の最善の判断はこうだと、きちんと説明できる状態にしておきます。

 ○ 裁判で事実認定が異なって判断されたとき

  ・会社は、将来の裁判(仮定のこと)について責任をとることはできません。

  ・使用者のパワハラ調査の結果が、裁判所の判断と異なっていたということをもって、直ちに、職場環境の安全配慮義務に違反しているということにはなりません。

  ・むろん、裁判で一部ハラスメントがあったという判断がされた場合、その部分についての責任を、会社が負うことはあり得ます。

 ○ 事実認定において必要なこと

  ア 対象事実の特定

   ・今、問題となっている事実について調査する。

   ・相談者の側からヒアリングをする。

   ・○月○日、営業車の中で部下に「おまえ、なめてんのか?」と言ったという事実を認定するのであれば、過去の取引先からのクレームや普段の態度を調べても、直接は事実認定できません。

    音声データ、ドライブレコーダーのデータ、直前直後のメールのやり取り、周りへの相談の有無などを確認していきます。

  イ 評価

   ・対象となる言動の特定はできたが、それがパワハラと認定できるのか。

    パワハラは認定できたが、どの懲戒処分が相当なのか。

   ・評価を完璧に行うことは、難しい。

  ウ 評価をするための資料

     ① 客観的資料(録音、メール、チャット、動画、写真、文書など)

     ② 証言

       証言は評価のための資料の1つです。

       ただ、信用性が弱く、また、裁判になったときに、証言者が退職していて協力が得られないことがあります。

 客観的資料証言
特 徴得られる情報が固定 得られる情報が断片的得られる情報が流動的 全体的な情報が得られる
利 点信頼性が高い全体像の把握がしやすい
欠 点全体像の把握が難しい信頼性に疑義が生じやすい

  

  エ 秘密録音

   ・秘密録音は、事実認定に使えます。

   ・「音声データは裁判にならないと出さない。」と言うときは、強制的に提出させるわけにはいきません。提出を促しても拒否する場合は、「音声データがないことを前提に、事実認定をせざるを得ません。」と伝えます。

  オ 相談者から提供を受けた資料

   ・提供を受けた資料については、秘密の保持の観点から取り扱いには注意します。

   ・あらかじめ、パワハラ調査のために利用することについて、同意を得ておきます。

   ・提供を受けた資料を加害者や第三者に開示する場合、必要な範囲以外は黒塗りにしたり、質問事項として箇条書きにするなどして、資料をそのまま活用しないという工夫が必要です。

  カ 証言

   ・相談者本人だけの証言では、パワハラ認定は難しい。客観的な資料がほしい。

項  目信頼できる場合信頼できない場合
客観的資料との整合性整合する整合しない
証言の一貫性一貫している一貫していない
虚偽の証言をする可能性の有無 (利害関係、人間関係)ないある
いつの話か最近の話昔の話
具体性具体的抽象的
証言の事実を体験した状況聞き取りやすい インパクトがある聞き取りにくい 日常的な出来事

4 相談者がパワハラの調査結果に納得しない場合

 ○ 調査結果に納得できないと言ってきた場合

  ・適切に調査を尽くしたことが前提となりますが、調査の蒸し返しの場合には毅然として、かつ、丁寧に「結論はお伝えしましたとおりです。」と回答すればよいです。

  ・ただし、新しい証拠や事実が出てきた場合には、再調査すべきです。

 ○ 調査資料の開示を求めてきた場合

  ・必ずしも開示する必要はありません。

  ・社内でのパワハラ調査のための内部資料であって、開示することを予定していません。当事者に開示されることがあるとされますと、第三者の協力が得られないことも出てきます。

  ・ただ、相談者の納得のために、要約版(発言者等は書かない)や、発言者等を匿名にしたりして、一部開示することは検討してもよい。

 ○ 繰り返しの相談で業務に支障が生じる場合

  ・蒸し返しの相談に対しては、そのようなことはしないように言うことはできます。

   まずは、丁寧に注意をします。

  ・丁寧に説明しても、なおも繰り返すような場合には、懲戒処分を検討している旨を伝えます。その際、文書で丁寧に再度注意します。

 ○ 従業員全員や取引先にも調査してほしいと言ってきた場合

  ・調査方法については、必ずしも相談者の申し出に拘束されるものではなく、あくまで会社の判断です。

  ・相談者の納得感のために、会社が事情聴取をするかどうかを決める。

5 異動先の上司から過去にパワハラを受けたと主張し、配置転換を拒否

  パワハラ認定できなかったが、「この上司とは一緒に働けない」と主張

 ○ 過去に異動先の上司からパワハラを受けたとの主張

  ・「過去のパワハラであり取り扱わない」というわけにはいきません。

  ・パワハラ調査というより、異動できない理由という観点で、事情を聞きます。

  ・会社側の配慮によって対応が可能かどうかを検討しますが、パワハラの内容、時期、当事者の認識を含めて判断します。

  ・その際、パワハラを理由に異動を断る以上、過去にパワハラがあったかどうかを調査せざるを得ないと伝えます。調査の結果、パワハラが確認できなかった場合は、予定どおり異動させるのが前提となります。

 ○(パワハラ認定できなかったが、)パワハラ上司とは一緒に仕事ができないと主張

  ・次のように話して、毅然と対応すればよいです。

   「パワハラがあった場合だけでなく、パワハラが認定できなかったものの職場の状況を踏まえて、異動を検討することはあります。上司にも、改めてパワハラについての問題意識を持ってもらいました。可能性の議論をしていたら何もできませんので、会社としては今できる対応をしたうえで、あなたに就労していただくことを求めます。」と話します。

 ○(パワハラ認定できなかったが、)メンタル疾患を主張

  ・パワハラがなくても、メンタル疾患は発症することがあります。

  ・ただ、パワハラがなければ会社は何も配慮しなくてもよい、ということではありません。

  ・もし働ける健康状態ではなければ、診断書を提出してもらいます。

 ○(パワハラ認定できなかったが、)メンタル疾患の診断者を提出

  ・「パワハラがない=メンタル疾患ではない」とは限りません。パワハラ以外の理由でメンタル疾患にはなり得ます。

  ・自宅療養を要するとの診断者が出てきた場合は、ひとまず診断書に従い休ませます。

  ・「パワハラでうつ病だから労災だ。休業補償を払ってほしい。」と言われたら、現時点では、パワハラがうつ病の原因かどうか判断がつかないため、ひとまずは断ります。

  ・本人が「労災申請をしたい」と言ってきたときは、会社は拒否しないで、できる範囲の協力はします。労災隠しと指摘されないようにします。(労働者災害補償保険法施行規則第23条)

  ・ただし、「事業主証明の災害の原因及び発生状況」の記載には、十分注意します。

   証明できないもの(わからないもの)は、証明をしてはいけません。

   「ただし、⑲については、原因等について当社では判断がつかないため証明できません。」などと記載せざるを得ません。

6 様々なパワハラ主張への対応

 ○ 本来の仕事をさせてもらえなくてパワハラ

  ・能力不足、協調性や勤務態度も不良であるような場合、会社としては、本来の仕事をさせられないので、簡単な仕事をしてもらうしかない場合があります。

   その際、「仕事を取り上げられた。簡単な仕事でプライドを傷つけられた。」と主張してくることがあります。

  ・これは、パワハラの典型類型の1つである「過小な要求」に該当するため、そのまま放置しておいてはいけません。本来の業務ができていない場合には、指導書を出して理解を求めたり、主張に対して丁寧に回答していきます。

 ○ 配置転換がパワハラ

  ・配置転換そのものがパワハラだと主張してくることがあります。

  ・配転命令については、①業務上の必要性(その異動が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合をふくむ)がない場合、②その必要性があっても他の不当な動機・目的をもってなされた場合、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合等、特段の事情がない場合には、配転命令権の濫用にはなりません。

  ・配転命令が嫌がらせ等の不当な動機ではなく、業務上の必要性があるのであれば、それを文書で説明をする。余計なことは言わず、「会社として配置転換を判断した」と説明します。

 今回のセミナーは、非常にレベルの高い内容でした。考えられる限りの案件について、丁寧に説明をしていただき、ありがとうございます。

 お客様から相談があった際には、今回のセミナーでの学びも活かして、よりよい提案ができたらと考えています。

 最後に、いつも思うことですが、質の高い話をお聴きし、納得感が得られますと、心が洗われ、とてもうれしい気持ちになります。よいセミナーでした。ありがとうございます。

 よろしければ、私のホームページ(愛知県知多・碧海・名古屋市南部の社会保険労務士 – おかど社会保険労務士事務所 (sr-hokado.jp) )もご覧ください。

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